日本国内におけるHRソフトウェアの進化 -SaaSで変革する人材管理の未来
人材は企業の命綱。経営資源の中でも特に重要視されるのが「人材」です。企業が優秀な人材を確保し、その力を最大限に引き出すことができれば、業績の向上は必至です。しかし、グローバル化の進展や人口動態の変化に伴い、人材を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。こうした中、企業が人材を効率的に管理するためのツールとして注目されているのが、HRソフトウェア、特にSaaSタイプの製品・サービスです。
本記事では、日本国内におけるHRソフトウェアの現状と主要プレイヤーを紹介するとともに、SaaSの進化によりHR業務がどのように変革されつつあるのかを解説します。人材活用の重要性が高まる中、人事部門の課題解決に役立つ情報が満載です。
SaaSとは?クラウドサービスの利点と普及の背景
SaaSは「Software as a Service」の略で、クラウド上でソフトウェアを利用するサービスモデルのことを指します。従来のオンプレミスソフトウェアとは異なり、ユーザーはインターネット経由でサービスにアクセスできます。ソフトウェアのインストールや環境構築が不要で、いつでもどこでも使用可能です。
SaaSの利点は以下の通りです。
- 初期費用が低額で済む
- ソフトウェアのアップデートが自動で行われる
- スケーラビリティーに優れる
- モバイル対応が容易
SaaSが人材管理分野で広く普及した背景には、企業のIT環境の変化があります。スマートフォンやタブレットの普及により、モバイルワークスタイルが定着しました。また、クラウドサービスの利用拡大に伴い、セキュリティ面の不安も解消されつつあります。こうした環境変化に伴い、人材管理システムの刷新が求められるようになりました。
日本のHRソフトウェア市場の現状
日本におけるHRソフトウェア市場は年々拡大しています。2016年度の国内HRテックSaaSクラウド市場規模は約120億円でしたが、2021年には約610億円に達すると予測されています。このように市場が拡大する中、多様なSaaSソリューションが登場しつつあります。
主な機能別に見ると、求人・採用支援サービスが最も多数を占めています。国内市場では優秀な人材の確保が大きな課題となっているため、求職者と企業をマッチングするサービスへの需要が高まっているためです。また、従来の人事・給与計算業務を効率化するSaaSも増えつつあります。
一方で、AI(人工知能)やビッグデータ解析を活用したサービスはまだ少数に留まっています。日本ではこうした先端技術の活用が遅れている面があり、今後の進展が期待されます。
日本のHRソフトウェア業界を牽引する主要プレイヤー
日本国内のHRソフトウェア業界には、さまざまな企業が参入しています。以下では、代表的な製品・サービスとその提供企業を紹介します。
1. 株式会社カオナビ
代表的製品・サービス「カオナビ」
カオナビは、業務アプリケーションの分野で確固たる地位を築いている株式会社カオナビの主力製品です。同社はSaaSプラットフォーム事業を中心に展開しており、人材管理に特化したタレントマネジメントシステムを提供しています。
主な特徴は以下の通りです。
- 人材情報の一元管理と可視化
- 目標管理とパフォーマンス評価
- 360度評価と多面的な人材評価
- スキル・資格管理と育成支援
- 組織デザインと配置シミュレーション
カオナビは、大手企業を中心に1,000社を超える導入実績があります。人材マネジメントの高度化と業務の効率化を両立させる製品として高い評価を得ています。
代表者の経歴
株式会社カオナビの代表取締役社長は、青山直樹氏です。早稲田大学卒業後、日本IBMにてSEとしてキャリアをスタートさせました。その後、アクセンチュアを経て、2010年に株式会社カオナビを設立しました。人材サービス業界での経験を活かし、SaaSを基盤とする新しい人材管理ソリューションの提供を目指しています。
2. 株式会社プラスアルファ・コンサルティング
代表的製品・サービス「タレントパレット」
同社は、情報の「見える化」を中心としたデータ活用サービスを提供していますが、その中でも人材管理のSaaSソリューション「タレントパレット」は主力プロダクトになります。
展開プロダクトには以下のものがあります:
- タレントパレット (Talent Palette)
タレントマネジメントシステムで、社員のスキルや働き方を「見える化」し、組織のパフォーマンスを最大化することを目的としています。特に、科学的人事戦略に基づく社員配置や育成に強みがあります。 - 見える化エンジン
テキストマイニング技術を駆使したクラウドサービスで、企業の様々なデータ(顧客の声、SNS、音声データなど)を解析し、企業の意思決定をサポートします。 - カスタマーリングス (Customer Rings)
マーケティングプラットフォームで、顧客の行動や感情を「見える化」し、効果的なマーケティング戦略を支援します。
これらのプロダクトを通じて、同社は企業が抱える課題を解決し、顧客体験の向上や社員の能力最大化に寄与しています (株式会社プラスアルファ・コンサルティング) (株式会社プラスアルファ・コンサルティング) (Wantedly(ウォンテッドリー)「はたらく」を面白くするビジネスSNS) (株式会社プラスアルファ・コンサルティング)
代表者の経歴
株式会社プラスアルファ・コンサルティングは、2006年に創業され、代表取締役の三室克哉氏が率いる企業です。三室氏は、もともとテキストマイニングツールの開発にコンサルタントとして携わっており、その経験を活かしてプラスアルファ・コンサルティングを設立しました。
3. 株式会社SmartHR
代表的製品・サービス「SmartHR」
SmartHRは、クラウド型の人事労務ソフトウェアを提供する企業です。同社のSaaSソリューションは、人事・給与・労務管理の機能を包括的にカバーしています。
主な特徴は以下の通りです。
- 給与計算と社会保険手続きの自動化
- タイムカード管理と勤怠データの一元化
- 各種人事手続きのワークフロー管理
- モバイルアプリによる申請・承認の簡素化
SmartHRは中小企業を中心に6万社以上の導入実績があり、手軽に人事労務業務を効率化できることから高い評価を得ています。
代表者の経歴
株式会社SmartHRの代表取締役社長は、佐々木大輔氏です。東京大学経済学部を卒業後、グーグルに入社しました。その後、米国のベンチャー企業を経て、2013年にSmartHRを創業しました。IT企業での経験を活かし、人事労務業務のクラウド化を推進する立場から、日本企業の働き方改革に貢献することを目指しています。
4. ウォンテッドリー株式会社
代表的製品・サービス「Wantedly Visit」
ウォンテッドリー株式会社は、「はたらく」を面白くすることを目指し、ビジネスSNS「Wantedly」を運営している企業です。Wantedlyは、単なる求人サイトではなく、企業と求職者がビジョンや価値観を共有できるプラットフォームとして位置づけられています。
主な特徴は以下の通りです。
- ビジョン共有型採用プラットフォーム
単なる求人サイトではなく、企業と求職者がビジョンや価値観を共有することを重視しています。 - 軽いタッチのアプローチ
求職者は「話を聞きに行きたい」という軽いコンタクトから企業と接触でき、気軽に応募の一歩手前の段階から関係を築くことができます。 - 企業文化重視
求職者が企業文化や共感できるビジョンを重視し、企業は自社の理念やビジョンに共感する人材を獲得しやすくしています。
求職者は企業の求人情報を閲覧し、興味があれば「話を聞きに行きたい」という軽いタッチのアプローチでコンタクトを取ることができます。
代表者の経歴
代表取締役である仲暁子氏は、ゴールドマン・サックスを経てFacebook Japanの立ち上げに関わり、2010年にウォンテッドリーを創業しました。彼女の経験とビジョンが、ウォンテッドリーのユニークなサービスを形作っています。仲氏は、「仕事は単なる生計手段ではなく、人生の中で大切なことを実現するための手段」と考えており、その考え方がWantedlyの設計思想に深く根付いています。
HR SaaSの進化が切り拓く人材管理の未来
このように、日本国内でもさまざまなHRソフトウェアが提供されるようになりました。特にSaaSの普及は、人材管理の変革をもたらしつつあります。これまでの人事・労務管理は、紙の書類の山や手作業での入力作業に振り回されがちでした。SaaSの活用により、こうした非効率な業務プロセスが改善されつつあるのです。
さらに、SaaSの進化に伴い、新たな可能性も広がっています。AIやビッグデータ解析の活用、モバイルやSNSとの連携など、従来の人事システムにはなかった機能が実装されつつあります。こうした技術の発展により、人材管理はより高度化・最適化されていくことでしょう。
例えば、AIによる自動化が進めば、人事評価や配置などの意思決定プロセスが合理化されます。また、ビッグデータ解析により、人材の強み・弱みを客観的に把握でき、適切な育成プランを立案しやすくなります。モバイルやSNSとの連携では、社員エンゲージメントの向上や内部コミュニケーションの活性化が期待できます。
このように、SaaSの進化は人材マネジメントの質を大きく高める可能性を秘めています。企業が生き残りをかけて人材獲得競争を繰り広げる中、HRソフトウェアは必須のツールとなりつつあります。今後、さらなる技術革新が待たれるところです。
SaaSによるHR業務の変革 -人材マネジメントの現場から
SaaSの普及が、人事部門の現場でどのような変化をもたらしているのか。実際に製品を導入した企業の声を紹介しましょう。
株式会社マネーフォワード
金融分野で活躍するマネーフォワードは、人材情報の一元管理と人事評価の効率化を目的に、カオナビを導入しました。導入後は以下のようなメリットが得られたそうです。
- 社員の写真付きプロフィールで情報が一目で分かる
- 目標管理と進捗確認がスムーズに評価調整会議の準備が格段に楽に
- 社員同士のつながりが強まった
人材情報の可視化と業務プロセスの効率化が、人事部門の生産性向上につながっているようです。
オイシックス・ラ・大地株式会社
食品宅配大手のオイシックス・ラ・大地は、人事データの一元管理と独自の人事評価制度の進化を目指して、カオナビを導入しました。主な効果は以下の通りです。
- 経営判断に役立つ人材データベースが構築できた
- 「オイジン」評価制度の運用が円滑に
- 社員の意識が高まり、人材育成が活発化
データに基づく人材マネジメントにより、適切な人事評価と計画的な育成が実現できたようです。
株式会社吉野家ホールディングス
外食大手の吉野家ホールディングスは、グループ全体の人材情報の一元管理と可視化を目指して、カオナビを導入しています。主な活用シーンは以下の通りです。
- グループ各社の人材情報を一括管理
- 社員の顔と名前を確実に一致させられる
- 埋もれがちな有望人材の掘り起こしが可能に
大手企業グループには膨大な人材データがあり、それを効率的に管理・活用することが課題でした。カオナビの導入で、こうした課題が解消されつつあるようです。
このように、SaaSの導入は人事業務の質を大きく変えつつあります。一方で、単なるシステム導入だけでは限界もあります。SaaSを最大限活用し、真に人材マネジメントを変革するには、企業文化や業務プロセスの見直しが不可欠です。今後は、SaaSをどう活用するかが企業の命運を左右する重要な経営課題になる のでしょう。
SaaSの浸透が促進する人事部門の変革
SaaSの浸透に伴い、人事部門自体の役割や業務プロセスも大きな変革を迫られています。単なるシステム導入にとどまらず、人事部門の在り方を根本から見直す動きが広がりつつあります。
人事部門の役割転換 -戦略的パートナーへ
従来の人事部門は、給与計算や労務管理、福利厚生などの事務作業が中心でした。しかし、SaaSの活用により、こうした定型業務は自動化・効率化が進みます。その結果、人事部門は戦略的な役割を担うことが求められるようになってきました。
具体的には、人材マネジメントを経営戦略と連動させること、人材育成施策の立案・実行、人材データの分析と課題抽出などが、新たな人事部門の役割となります。つまり、事務作業から脱却し、経営の戦略パートナーとしての機能を果たすことが期待されているのです。
部門間の垣根を越えた連携の必要性
こうした役割転換を実現するには、人事部門だけの力では不十分です。他の部門との連携が不可欠となります。例えば、マーケティング部門とは優秀な人材の確保に向けた協力が求められます。また、経営企画部門とは人材データの分析と施策立案に関する連携が欠かせません。
このように、人事部門の役割が拡大する中で、部門間の垣根を越えた横断的な連携が重要視されるようになっています。SaaSを最大限活用するには、組織横断的な業務プロセスの構築が前提となります。
人材データの戦略的活用に向けて
SaaSの進化に伴い、人事データの戦略的な活用が企業の競争力の鍵を握るようになってきました。優秀な人材の確保と育成、適切な配置と処遇、社員のエンゲージメント向上など、さまざまな経営課題の解決に向けて、人材データの分析と活用が不可欠になるのです。
しかし、実際のところ人材データを戦略的に活用できている企業は少数に留まっています。データの収集と分析のノウハウ不足、組織横断的な体制の未整備、経営層の理解不足などが、障壁となっています。今後は、こうした課題を解決し、人材データの戦略活用を促進する取り組みが重要になるでしょう。
HR SaaSの進化に向けた課題と展望
SaaSの浸透は、人材マネジメントに大きな変革をもたらしました。一方で、さらなる進化に向けては、いくつかの課題が残されています。以下では、主な課題と今後の展望について述べます。
高度化するニーズへの対応
SaaSへのニーズは多様化しており、ユーザー企業の規模や業種、ニーズに応じた対応が求められています。大手企業向けには高度な機能やカスタマイズ性が、中小企業向けには低コストと利便性が、それぞれ求められます。また、グローバル展開する企業に対しては、言語やコンプライアンスへの対応力が問われます。
SaaSベンダーは、こうした多様なニーズに適切に対応し、ユーザー企業の課題を的確に捉える必要があります。ニーズの高度化に対応できなければ、成長が止まってしまう可能性もあります。
AIやビッグデータ解析の高度活用
SaaSの進化を牽引するのが、AIやビッグデータ解析などの先端技術です。しかし、現状ではこれらの技術を高度に活用できているSaaSはまだ少数に留まっています。今後は、人材データの収集と分析を自動化し、人事施策の立案や意思決定を支援する高度な機能の実装が求められるでしょう。
また、AIの発達に伴い、人事業務の自動化が一層進展すると考えられます。SaaSベンダーには、人事業務のどの部分を自動化すべきか、人とAIの役割分担をいかに設計するかといった課題への対応が迫られています。
セキュリティ強化と個人情報保護への対応
SaaSが取り扱うのは、社員の個人情報や人事評価、給与データなど、機密性の高い情報です。セキュリティ強化と個人情報保護への対応は、SaaSベンダーにとって最重要課題の一つです。サイバー攻撃への防御力を高めるとともに、個人情報保護法など関連法令への準拠が求められます。
また、社員のプライバシーに配慮した設計も重要です。例えば、評価データを一般社員に開示するかどうか、どの範囲の人事データを部門間で共有するかなど、細かい設計が必要とされます。
グローバル市場への展開に向けた対応
国内市場が成熟してくれば、SaaSベンダーにとってグローバル展開は避けて通れない課題となります。しかし、言語や文化、法制度の違いから、単に国内製品を海外に持ち出すだけでは対応が困難です。各国や地域の事情に合わせた現地化が不可欠です。
また、グローバル人材の確保と育成、海外拠点の設置など、体制整備への投資も欠かせません。SaaSの国際競争力を高めるには、こうした課題を一つひとつ着実にクリアしていく必要があります。
おわりに
SaaSの進化は、人材マネジメントに大きな変革をもたらしました。企業は生き残りをかけた人材獲得競争を繰り広げる中で、HRソフトウェアはますます重要な経営ツールとなっています。一方で、SaaSそのものにもさらなる進化が求められており、高度化するニーズへの対応、先端技術の活用、セキュリティ強化、グローバル展開など、さまざまな課題が山積しています。
SaaSの未来を切り拓くのは、こうした課題への果敢な挑戦を続ける企業やベンダーです。人材マネジメントの質が企業の命運を左右する時代、SaaSの進化は待ったなしの課題となっています。今後のさらなる飛躍が期待されるところです。