人的資本経営を導入するための具体的な手順とベストプラクティス
人的資本経営が企業の持続的成長と競争力強化に不可欠な戦略として注目を集めています。従業員を単なるコストではなく、価値を生み出す重要な資産として捉えるこのアプローチは、ESG投資の観点からも高く評価されています。人的資本への投資は、企業の長期的な成功に大きな影響を与え、イノベーションと生産性の向上を促進します
この記事では、人的資本経営を導入するための具体的な手順とベストプラクティスを紹介します。基本概念と重要性の解説から始まり、5つの導入ステップを詳しく説明します。さらに、主要な施策例を挙げ、最後に成功のポイントをまとめます。これらの知識は、人的資本管理を改善し、組織全体の業績向上を目指す企業にとって、貴重な指針となるでしょう。
人的資本経営の基本概念と重要性
人的資本経営の定義
人的資本経営は、企業を支える人材の能力や経験、意欲を高めるために投資を行い、中長期的に企業価値の向上を目指す経営手法です [1]。この手法では、人材を単なる「リソース(資源)」ではなく、「キャピタル(資本)」として捉えることが特徴です [1]。つまり、人材を利益を生む源泉として認識し、積極的な投資を行うことで、企業の持続的な成長を図ります [2]。
従来の人材管理との違い
従来の人材戦略と人的資本経営の間には、重要な違いがあります。
- 人材の位置づけ:従来は人材を「資源」として捉え、コストの削減や効率化を重視していました。一方、人的資本経営では人材を「資本」とみなし、価値創造の源泉として投資の対象とします [3]。
- 雇用関係:従来の経営では、年功序列や終身雇用による人材の囲い込みが一般的でした。人的資本経営では、組織と人材が互いに選び合う自律的な関係へと変革しています [3]。
- 意思決定プロセス:人的資本経営では、勘や経験に頼るのではなく、データを効率的に活用し、客観的な指標にもとづく意思決定を行います [4]。
人的資本経営が注目される背景
人的資本経営が注目を集めている背景には、以下のような要因があります:
- 多様な人材と働き方:人口減少や少子高齢化により、外国人労働者や高齢者の採用が増加しています。また、時短勤務やリモートワークなど、働き方の多様化も進んでいます [2]。
- 投資家の視点の変化:投資家の間で、無形資産の評価が高まっています。人材が持つノウハウや経験、権利、データなどの無形資産は、企業の競争優位性の源泉として認識されています [2]。
- ESG投資の重要性:Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の要素が投資判断の基準として重視されています。人的資本は「社会」と「ガバナンス」に含まれ、企業の成長性を評価する重要な指標となっています [3]。
- デジタル化時代の要請:DXの進展により、定型業務の自動化が加速しています。人が担うべき役割は「作業」から「価値創造」へと移行しており、個々の従業員の能力を最大限に活かすことが求められています [4]。
これらの要因により、人的資本経営は企業の持続的な成長と競争力強化に不可欠な戦略として、世界中で注目を集めています。
人的資本経営導入の5つのステップ
経営戦略との連携
人的資本経営を成功させるためには、経営戦略と人材戦略を連動させることが不可欠です。これは人的資本経営における「一丁目一番地」と言えるでしょう [5]。経営戦略の実現に向けて、自社の現状と目指す姿とのギャップを埋めるために必要な行動や時間軸を具体化することが重要です [6]。
経営戦略と人材戦略の連携を強化するためには、以下の取り組みが効果的です:
- 経営戦略と人材戦略の連動に関する責任者を定める
- 人材戦略の責任者が経営陣と積極的に議論し、直接示唆を得る [7]
現状分析とギャップの特定
次のステップは、目標と現状のギャップを可視化することです。人的資本経営における目標を設定し、その目標と現状の差を明確にすることで、実施すべき施策が浮き彫りになります [8]。
ギャップの可視化には、以下の点に注意が必要です:
- 目標とするビジネスモデルや経営戦略と、人材や人材戦略の現状とのギャップを数値化して把握する
- 定量把握のために、情報管理の基盤を整備する [7]
具体的な施策の策定
ギャップが明確になったら、それを埋めるための具体的な施策を策定します。施策の例としては、以下のようなものが挙げられます:
- 多様な個性や経験を持った人材がそれぞれを認め合い、特性を活かした企業活動が行われる環境の整備
- 必要なスキルを個々人の能力に応じて習得できる環境の整備や教育の実施
- 社員が自らキャリアを見据えて学び直しができるような支援 [7]
KPIの設定と測定
目標達成のために、重要業績評価指標(KPI)を設定します。KPIは目標を達成するためのプロセスを細分化し、それぞれの達成度を計測・分析する手法です [8]。
KPI設定のポイントは以下の通りです:
- 自社に即したKPIを設定する
- 達成可能なKPIを設定する
- 重要度の高いKPIを把握し、チーム内で共有する [9]
PDCAサイクルの実施
最後に、PDCAサイクルを実施することで、人的資本経営の継続的な改善を図ります。PDCAサイクルは以下の4つのステップで構成されます:
- Plan(計画)
- Do(実行)
- Check(評価)
- Action(改善)
施策を実行した後は、効果検証を行い、得られたデータをもとに改善を加えていくことが重要です [8]。
人的資本経営の導入には、これら5つのステップを着実に実行していくことが求められます。経営戦略との連携を図りつつ、現状分析とギャップの特定、具体的な施策の策定、KPIの設定と測定、そしてPDCAサイクルの実施を通じて、持続的な企業価値の向上を目指すことができるでしょう。
人的資本経営の主要な施策例
人的資本経営を効果的に実践するためには、様々な施策を組み合わせて実施することが重要です。ここでは、主要な施策例を紹介します。
人材ポートフォリオの構築
人材ポートフォリオとは、経営戦略に基づいて配置された人的資本の構成内容のことです[10]。これを構築することで、経営戦略に基づき、必要な業務・職務に、必要な人材(職種、スキルや特性)を適切に配置できるようになります[10]。
人材ポートフォリオの策定には、以下の手順が効果的です:
- 経営戦略・事業戦略から必要人材を検討する
- 人材区分ごとに人材の質・量をマネジメントする
- As Is/To Beギャップを基に人材調達や代謝戦略を策定・実施する[11]
人材ポートフォリオを構築することで、以下のメリットが得られます:
- 自社の人的資本情報を整理し、適切に人材への投資ができる
- 社員それぞれの強みや弱み、キャリアの志向性を把握し、適材適所の配置が可能になる
- 人材の過不足を把握し、適切な対応を取ることができる[10]
リスキリングの推進
リスキリングとは、新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させることです[12]。
リスキリングを推進することで、以下のメリットが期待できます:
- 業務効率化:新たな知識やスキルを習得することで、業務の自動化や効率化が可能になります[12]。
- 従業員エンゲージメントの向上:スキルアップやキャリア形成の機会を提供することで、従業員の企業への愛着や忠誠心が高まります[12]。
- イノベーションの促進:新しい考え方を身につけることで、新たな価値やアイデアが生まれやすくなります[12]。
リスキリングを効果的に実施するためには、以下の点に注意が必要です:
- 自社での教育を基本とし、経営や事業の戦略と直接リンクさせる
- 他社留学や副業(複業)の推奨など、越境学習の機会を提供する
- 専門の人材育成・研修サービスを活用し、効率的なスキルアップを図る[13]
ダイバーシティ&インクルージョンの促進
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)とは、多様性を受け入れて尊重し、個々のスキルが発揮できる環境を整えたり、働きかけたりすることを意味します[14]。
D&Iを促進するための具体的な取り組みには、以下のようなものがあります:
- 女性の活躍推進:管理職登用や柔軟な働き方の制度整備
- シニア人材の継続雇用:再雇用制度の整備や定年制度の見直し
- 外国人労働者の採用:グローバル化に対応するための人材確保
- 障がい者の雇用促進:バリアフリー化やユニバーサルデザインの導入
- LGBTQへの理解促進:多様な価値観を認め合う職場環境の構築[14][15]
D&Iを推進することで、以下のメリットが期待できます:
- 優秀な人材の確保
- イノベーションの創出
- 従業員エンゲージメントの向上
- 離職率の低下
- 企業イメージの向上[14]
エンゲージメント向上策
従業員エンゲージメントとは、従業員の自発的な貢献意欲のことを指します[16]。エンゲージメントを高めることで、モチベーション向上や人材の定着率アップなど、人材に関する様々な悩みを広く改善することができます[16]。
エンゲージメント向上のための施策には、以下のようなものがあります:
- オープンなコミュニケーションの促進
- キャリア開発支援
- 公正な評価制度の導入
- 働きやすい職場環境の整備
- 社会貢献活動への参加機会の提供
エンゲージメントの高さは業績に直結する可能性が高いため、これらの施策を積極的に実施することが重要です[16]。
柔軟な働き方の導入
多様な働き方を推進するために、以下のような制度の導入が効果的です:
- テレワーク:ICTを利用し、時間や場所を有効活用できる柔軟な働き方[17]。
- 時短勤務:1日の労働時間を短縮する働き方[17]。
- フレックスタイム制:始業・終業時刻、労働時間を自ら決める制度[17]。
- 副業・兼業:主な仕事以外の業務に従事すること、または自ら事業を営むこと[17]。
これらの制度を導入することで、従業員のワークライフバランスの向上や、多様な人材の活用が可能になります。
以上の施策を適切に組み合わせて実施することで、人的資本経営の効果的な推進が可能となります。ただし、施策の導入だけでなく、継続的な改善と評価が重要であり、PDCAサイクルを回しながら取り組みの実効性を高めていくことが成功のカギとなります[15]。
まとめ:人的資本経営成功のポイント
人的資本経営は、企業の持続的な成長と競争力強化に不可欠な戦略として注目を集めています。この記事では、人的資本経営の基本概念から具体的な導入手順、主要な施策例まで幅広く解説しました。経営戦略との連携、現状分析、施策の策定、KPIの設定、PDCAサイクルの実施など、段階的なアプローチを通じて、組織全体の業績向上を目指すことができます。
人材ポートフォリオの構築、リスキリングの推進、ダイバーシティ&インクルージョンの促進、エンゲージメント向上策、柔軟な働き方の導入など、様々な施策を組み合わせることで、人的資本経営の効果を最大化できます。これらの取り組みは、企業の長期的な成功にプラスの影響を与え、イノベーションと生産性の向上を促進します。人的資本経営の導入と実践を通じて、企業は従業員の潜在能力を最大限に引き出し、持続可能な成長を実現できるでしょう。
FAQs
Q1: 人的資本経営を実行するための主な施策は何ですか?
人的資本経営を推進するための主な施策には、以下が含まれます。
- 時間や場所にとらわれない柔軟な働き方の推進
- ワークライフバランスの再検討
- 多様性の受け入れ
- 社内教育プログラムの強化
- 給与、賞与、福利厚生の充実
Q2: 人的資本に関連する日本政府が定めた3つの重要項目は何ですか?
日本政府が重視している人的資本の3つの項目は、「女性管理職比率」、「男女間賃金格差」、「男性の育児休業取得率」です。これらについてのデータの集計及び可視化が求められています。
Q3: 人的資源経営とはどのようなものですか?
人的資源経営は、企業が持つ資源(ヒト・モノ・カネ)の中で「ヒト」の価値を最大限に活かし、企業価値を向上させる経営手法です。少子高齢化や人生100年時代の到来に伴い、企業は変化する事業環境に適応し続けながら、持続可能な成長を目指す必要があります。
Q4: 人的資本経営の最終目標は何ですか?
人的資本経営の最終的な目標は、外部からの情報開示要求や投資家の期待に応えることだけでなく、持続可能な企業成長を実現することにあります。
参考文献
[1] – https://www.persol-group.co.jp/service/business/article/4099/
[2] – https://www.franklincovey.co.jp/blog/archives/5220
[3] – https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0079-jintekishihon.html
[4] – https://www.smbc.co.jp/hojin/magazine/personnel/about-human-capital-management.html
[5] – https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/books/20240713.html
[6] – https://hcm-consortium.go.jp/pdf/2ndTerm_Survey_Results_v1.pdf
[7] – https://etudes.jp/blog/human-capital-management
[8] – https://www.reloclub.jp/relotimes/article/21224
[9] – https://hcm-jinjer.com/blog/jinji/human-capital_kpi/
[10] – https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0077-jinzaiportfolio.html
[11] – https://www.rosei.jp/readers/article/87164
[12] – https://hrnote.jp/contents/soshiki-reskilling-method-20240521/
[13] – https://www.jmam.co.jp/hrm/column/0102-reskilling-meti.html
[14] – https://smartcompany.jp/column/divercity-inclusion/
[15] – https://saiyo-salon.jp/knowhow/diversity-inclusion/
[16] – https://media.unipos.me/engagement-case
[17] – https://jws-japan.or.jp/whitecareer/blog/2368